紙苑

紙苑 第21集刊行に寄せて

 僕はちぎり絵。和紙をちぎって貼った絵です。
 大先輩の油絵や日本画のような長い歴史はありません。たかだか半世紀ほど前に生まれた若輩者です。だけどね、この短い間に日本中に拡がったんだよね。
 それには理由がある。ちぎって貼るという簡単な技法のわりには、素朴なものから高度なものまで、驚くほど多様な表現が可能だから。それから、やっぱり和紙という素材の魅力です。その美しさは世界に類を見ない。和紙は日本独特の伝統ある工芸品なんだ。
 そもそも「紙」は中国大陸で生まれ、製紙法が朝鮮半島を経て日本に伝わったのは、今から1400年も昔のこと。この国のご先祖さまは創意工夫を重ねて、風土にあった独自の製紙法に改良したんだ。それが和紙。以来今日まで脈々と受け継がれ、日本の文化を形成したんだよ。
 ところが近代になると、社会も生活も様変わりして、和紙の需要は急速に減ってしまったんだ。このままではいけないと、いろんな心ある人々が声をあげ立ち上がったんだよ。和紙を守ろうと。
 そのうちの一人が、僕の生みの親、亀井健三さん。ちょうど45年前のこと。もとは英語の先生でロシア語の科学畑の翻訳家だったの。この亀井さんがちぎり絵の魅力にハマっちゃって、「絵心は誰にでもある」と思っちゃったんだよね。それと同時にこの人の偉いところは、ちぎり絵を普及することで和紙の需要を高め、和紙産業の振興に少しでも貢献したいと決心したことなんだ。
 それからが凄かったよ。妻の芳子さんと共に日本全国を回り、ちぎり絵のサークルを組織していったんだ。趣旨に賛同した人達がどんどん集まって、1万人以上の会員さんになったんだ。たんなる個人的な趣味を超えた、同じ志を持つ人達は、いわば「同志」であり「仲間」なんだ。亀井さんは自分たちの活動を「庶民の芸術運動」と呼んでいたよ。
 今風に言えば、ボランティア精神を基本に、営利を目的としないで、文化や福祉や教育など様々な分野に拡がったNPO活動。ちぎり絵はその先駆けのようなもの、と言えるかな。  おっと、もう一人重要な存在を忘れてはいけない。宮崎健二さん。亀井さんに共鳴して「がんぴ舎」という会社を作って、全国のサークル会員さんのもとへ和紙の教材をひたすら提供し続けて下さったんだ。いわば和紙職人さんと会員さんとの橋渡しの役目だよね。僕の大切な恩人です。今、この会社では彼のもとで若い人達ががんばっているよ。
 僕はこうして、全国の会員の皆さん、和紙の職人の皆さん、会員のご家族の皆さんを始め関係する全ての皆さんの、網の目のような素敵な絆によって、大切に育ててもらいました。僕はシアワセです。
 そして今、僕は感動しています。これからも僕のことを守り抜こうと、全国の指導的立場にある方々が、後継者を次々と育て、サークルを維持発展する体制を整え、さらにもっと多くの仲間を増やそうと、新たなサークル作りに励んでくださっているんだもの。だから僕はきっと、これからも大丈夫だよ。こんなに大勢の方々から愛情をたっぷり注いでもらっているんだもの。がんばっていけそうだよ。
 さて、今回の高崎展。ちぎり絵は、日本の小さな地方都市・米子で生まれ、地方から地方へと拡がっていったんだけど、「いつかは中央で全国展をしたい」というのが亀井さんの念願だったんだ。それに応えてくださったのが、大井八重子さん。情熱的で思慮深く、行動力のある実に魅力的な方です。ご主人の元弘さんは実業家で、歴史や哲学に造詣が深く、ダンディーな僕の憧れの方。長女の敦子さん、聡明で感性と器量を備えたたくましい女性。この大井ファミリーのもとに、地元高崎と草津の会員さん方が一致団結され、関東で初めての全国展へと準備がスタートしたんだ。彼らが、いの一番にされたこと、なんだと思う?
 ちぎり絵と縁の深い、まさに「聖地」土佐典具帖の濱田幸雄さんの紙漉の里を表敬訪問されたんだよ。僕は確信したよ。この志の高さと信念の強さがあれば、絶対に全国展は成功すると。
 実は僕は、一人の女性にもう一度会いたかったんだ。その人は、大井家の二女、さゆりさん。チャーミングなカーレーサーだったんだよ。ちぎり絵をこよなく愛し、勉強を始められて、亀井さんからも可愛がられ期待されていたんだ。それなのに…突然の病魔が彼女を奪ってしまったんだ。あまりにも若すぎる死だったよ。こんな悲しいことがあっていいのかな。ほんとうにもう一度会いたい。心の底からそう思う。
 でも…そうだ! この会場で会えるよ。亀井さんと手をつないで、楽しそうに語らいながら、ちぎり絵をひとつひとつ、ゆっくり見て歩いている、さゆりさんに。きっと…。
 最後になりましたが、僕の大切な守護神、山中正さん。『紙苑』創刊以来、ずっとお世話になりっぱなし。この作品集も、こんなカッコイイ本にしていただきました。山中さん、ありがとう。これからも、ヨロシクネ。  …ということで、すべての皆様に感謝、和紙に感謝して終わりとします。

2011年 高崎城址、満開の桜の下で
 

全国和紙ちぎり絵サークル 
本部長 宮 崎 純 子 

紙苑第21集作品の一部紹介

●写真をクリックすると拡大表示されます。

紙苑購入希望の方へ